サラリーマンの定年と老後

超高齢化社会の到来とともに今現代日本で起こっている諸問題を考えます。

サラリーマンは会社のしがみつく

50歳を過ぎて上手くなるものだってある

50歳を過ぎて出来るようになることもある

50歳を過ぎてやっと分かったこともある

 

人生これからだ

 

杉原輝夫は死ぬまでゴルフをしていた

宮崎駿は70歳を超え、まだ創作活動をしている

細川元総理は80歳を超え都知事選に立候補した

人間何歳になっても一つのこと、同じことしかできないのだ

 

サラリーマンは定年を超えると、やることを見失い、急激に衰える

しかしこれは真実を言い当てているとは言えない

なぜならサラリーマンは何歳になっても

サラリーマンしか出来ないのが真実なのだ

だから定年を過ぎるとおっぽり出されてしまい

やることをやりたくともやらしてもらえなくなるのだ

人間は死ぬまで一つのことしかできない

だから人はサラリーマンをやり過ぎてはいけない

50歳を過ぎれば他のことをやらなくてはいけないのだ

しかし悲しいことにサラリーマンは給与でしか生きる術を知らない

だからみな定年が伸びてももう来なくていいよと言われるまで

会社にしがみつき、サラリーマンをやり続ける

それしかやれないからだ

他のことを何一つやらなかったから

 

今朝のテレビで元宝塚ジェンヌの第2の人生の転身を特集していた

だが一見華やかに見えてそこには血の滲むような努力があった

人間、第一の人生よりも第2の人生に転身するときの方が

パワーと努力がいるのだ

 

だから皆第一の人生にしがみつく

だけど血の滲むような努力を重ね第2の人生への転身を果たした人間は

敬意に値する

 

素晴らしいお墓……

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老後の貴重な時間

今この時のなんと幸福なことか

風呂上り冷たい飲み物で喉を潤し

涼しい夜風に当たりながら

何も想わず

ただ心地よさに身をゆだねる

 

至福の時だ

 

人はなぜあがき苦しみながらそれほどまでに何を求めるのであろう

いったいその先には何があるのか

その先を追及する限り

同じ苦しみが立ち塞がるだけなのだ

どこまで行ってもあがき苦しみからは脱することは出来ない

人は地位や名誉を求め続ける限り

苦しみから離れることは出来ない

人よりも出世したい

人よりも金が欲しい

人よりも名誉が欲しい

それを追い求める限り

永遠に心の安らぎを得ることは出来ないであろう

 

人が追い求めなければならないものは

心の自由

人生の自由なのだ

 

煩悩、欲望を捨て去り

すべてを空とすることが出来たとき

そこに一筋の光が差し込む

死ぬときは死ねばいい

人はいつか死ぬのだ

死の恐怖にあがき苦しむことほど虚しいことはない

金など有っても良いが無くても良い

金のために一生奴隷になり苦しむつもりもない

愛は持っている

いつでも与えよう

だが欲しがりはしない

何故ならば愛もまた欲しがれば逃げていくものだから

嫉妬の為に一生苦しむつもりもない

 

健康でいることに越したことはないが

だが病気でも仕方がない

人は皆年老いたなら病気になり死んでいくものだから

健康のまま死んでいくものはいない

 

病気とも友のように付き合えばいい

寂しさがまぎれるかもしれない

 

心底の悪人はいない

万が一居たとしても

そんなもののためにこちらが思い煩うつもりもない

放って置けばいい

 

何事に対しても

思い煩うことほど馬鹿らしいことはない

そんなものに縛られて生きることほど

人生の貴重な時間を無駄にしているのだ

放って置けばいい

すべてのものは所詮空なのだから

人生は空、無の心

 

わたしの心は金輪際

誰からも指一本触れさすことはないであろう

わたしの心は固い鋼のガードで囲まれている

しかし外に対しては開けっ広げでさらけ出す

しかしその中身は無だ

触ろうとしても中身が無いのだから触れない

 

わたしは決して動揺もしない、怒りもしない、悲しみもしない、興奮もしない

何故ならば心には色もなく形もなく匂いも無く、『無』なのだから

動かしようがないのだ

 

このお墓は素晴らしい……

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定年後の人間関係

人生は一見複雑な要素が絡み合いもつれ合い作られている

だがよく透かして見れば単純な元素に支配されているだけなのだ

その元素はビクともしない、変えることは出来ないし動かすことも出来ない

日本国憲法第9条のようなものだ

人はどう転んでもどんなに頑張っても人生の土台にある

元素には勝てないのだ、動かすことさえ出来ない

その基本を理解することだ

そのうえで何をやりどう生きるのかだ

 

人生の基本元素は

毎日を我慢することではなく、毎日を楽しむことだ

また面白くもないことをやらされることではなく

好きなことをやることだ

 

次に自分を主張しぶつかり合うことではなく

自分を主張しながら相手を理解することだ

人と会い交わることだ

 

わたしの為だけではなくあなたの為にもなりますよと

言い切ることだ

そして信じてもらうことだ

騙されてもいいと直感的に思わせることだ

もちろん誤解なきよう言うが

人を騙したり裏切ったりしてはいけない

騙すのと信じさすのとでは全然質が違うのだから

体を張って、命をかけてでもけっして相手を裏切らない

一度裏切ればその相手との関係は終わったのも同然だ

二度と覆水盆には帰らず

夫婦間も同じ、恋人同士、友人同士も同じだ

絶対に相手を裏切ってはいけない

何故裏切ってはいけないかと言えば

その関係はもう二度と元に戻らなくなってしまうからだ

 

寸前のところで踏ん張る、ほとんどが見透かされていても踏ん張る

そこが腕の見せ処だ

 

人生において人を裏切ってもいけないが裏切られてもいけない

どっちもどっち痛手は計り知れない

『覆水盆に戻らず』

人生においてこれほどの後退があるのか

今まで積み重ねてきたものが崩れ去り

一から、いやマイナスからのスタートになってしまう

人生はすごろくゲームではない

【振り出しに戻る】もなければ【リセットボタン】もない

転んだなら先に行かれるだけだ、取り残されてしまう

始めからのやり直しはないのだから

今日の朝からのやり直しは出来ても

昨日からのやり直しは不可能だ

修復不可能なものは捨てていくしかない

 

人生で怖いのは置いて行かれれば二度と追いつくことが出来ないところにある

あくまでもゲームやスポーツの世界では上手くやれば追いつくことも瞬間にして抜き去ることも可能だ、だからゲームは面白い

だがリアル人生においては、基本的にそれは出来ないこと、不可能なことなのだ

そういう元素が根底にあるのだからしょうがない

それを知ったうえで人生を生きなければならない

 

そして人生の最大の敵はストレスだ

過大なストレスはあなたのすべてを蝕む

本能のままに生きる人に病気はない

たとえ不摂生を重ね病気になったとしても

後悔などせず開き直れる、自分自身に対しては素直になれるし

諦めることも出来る、臨機応変の術だ

 

根底にある元素記号だけ理解できれば

あとは表面で好きなように動き廻っても失敗などしない

そもそも失敗の観念すら持っていない

 

そういう人間は人には気前よく驕るが、人から驕ってもらうのは大嫌いだ

酒は好きだが驕ってもらうくらいなら酒など飲まないし飲みにも行かない

誘われたならば最低割り勘

こちらから誘えば、全部ではないが相手よりも多めに出す

それが元素だ

 

わたしのライフスタイルは

朝起きて、仕事して、運動して、酒を飲んで、そして書く

たまの休日は女房と映画見て飯食って、そして書く

 

もうそれだけでいい

それの繰り返しでいい

 

毎日毎日同じことをして同じように生きる

同じことをして同じように生きることが好きなのだ

 

わたしは同じ人間としか飲まないし付き合わない

わたしは同じことしかやらないし同じところにしか行かない

わたしは同じ毎日しか送らない

 

わたしは同じことをするのが好きなのだ

 

サラリーマンの最大の欠点は同じところにいつまでもいられないということだ

紙切れ一枚であっちに行けこっちに行けと転勤や部署替えを命じられる

断れない

もう一つせっかく育てた部下といつまでも一緒には働かせてくれない

やはり紙切れ一枚で離ればなれ、昨日の友が今日の敵に変わる

本人の意思とは関係なしに

 

ようするに紙切れ一枚で人生を変えられてしまうということだ

完全なる自己否定の世界だ

 

わたしはサラリーマンの世界を完全に否定する

そうすることでかろうじてサラリーマンとして生き延びてこられた

その心構えがサラリーマンを捨てる足掛かりも作った

(まだしがみついているが)

 

わたしは人を簡単に信じるが、世の中のシステムは信じない

世の中のシステムこそコンプライアンスを振りかざす

正義の仮面をかぶった必要悪だ

皆は洗脳されているのだ

システムを肯定しなければ生きていけないのではないか

幸せになれないのではないかと

だが世の中のシステムほど正義の仮面をかぶったまま矛盾しているものはない

人は世の中のシステムに生かされているわけではない

自分で自分の考えで自分の力で生きているのだ

世の中のシステムなどは交差点にある信号機のようなものだ

守った方がいい、だが仕方なく守っているだけなのだ、自分の身を守るために

だが矛盾を正義と解釈してはいけない

あくまでも矛盾は矛盾であって正義ではなく悪なのだ

守るべきものではなく、仕方なしに守っているものなのだ

しかし妄信的に従うととんでもないしっぺ返しが待っているであろう

 

世の中のシステムは人間関係の敵だが仕方なく守る

しかし本当に守らなくてはいけないのは人と人とのつながりではないだろうか

 

もっと簡単に説明すれば

壊してはいけないのは世の中のシステムではなしに人間関係だということだ

 

素晴らしいお墓……

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定年後の老後を考える

<老後を考える>

もうそのような歳なのか

だが今日もまた老後を考えてしまう

 

もしかしたら日本人の99%は自分の老後を毎日考えながら生きているのではないのか?

老後のために何をすればいいのか

どうする定年後の人生

老後の蓄え、老後破産したらどうしよう

失敗したら老後貧困の仲間入り

老人漂流社会、下流老人、老後難民、孤独死、放置死、老後餓死……

 

若いうちからそのようなことばかり心配しながら生きている

人生を楽しめるはずがない

今が一番楽しいのに、楽しもうともしない

充実しているはずの日常が、老後の心配で埋め尽くされる

 

人生に老後が重くのしかかる

所詮、老後などはおまけみたいなものなのに

こんなことを言ったらなんだが

自分などさっさと70歳ぐらいで死んだ方がいいと思えてくる

 

老後の蓄えは最低3000万円必要ですよ

まともに生きてきた我々にいったいどこにそんな金がある

こんなことを書いたら、俺はかろうじて3000万円持っているから

中流だ、などと勘違いし優越感を持つ輩が出てくる

 

まったくの勘違いだ、3000万円持っていたら偉いのか

人間の価値は預貯金の多さではない中身だ

しかしそんな言葉が通用しない時代になっているのかもしれない

寂しいことだ

 

だがいろいろ考えすぎると

老後などもうどうでもよくなってしまうのも事実だ

老後になれば半分惚けてしまうのかもしれない

惚けなくともフラフラになるのは事実だ

ボーと西の空ばかり見ているのかもしれない

それでもそんな毎日に何も感じなくなってしまうのかも

 

ようするに老後などあまり考えすぎてもいけないのだ

(しかしわたしは老後を考えるのが趣味みたいなものだけれど)

 

今も楽しく、老後も楽しく

それが一番幸せな人生だ

今が楽しくなくて、老後だけが楽しいはずがない

少なくとも今よりは(体力、気力、資金力の面から言っても)

楽しくなくなるのは間違いないのだから

 

会社など60歳できっちりやめてやろう

これが普通のサラリーマンの合言葉みたいになってしまっている

だが皆やめられないのだ

勇気のある人間は62歳か63歳で辞めていく

お金の心配を抱えながら

 

 

 

 

現に誰もが3000万円握りしめて老後を迎えようとする

俺は持っていない奴らより少し上流なのだと

 

だがようするに頑張るしかないのだ

今も老後も死ぬ間際まで

楽をしたいなどと思うからいけないのかもしれない

人間楽をし過ぎると余計に不調を感じる

そもそも楽な人生なんてものはあり得ないのだ

人それぞれ何か問題を抱えてしまうものなのだ

何もないというのもまた問題なのかもしれない

 

すべての病気の原因はストレスからくるといわれている

それに気力、精神力、やる気が失せたとき

人はガタッときてしまい急に老けこみ病気になる

細胞が急激に死んでしまうのだ

老化現象が起こる

ようするに人は今も、死ぬまでもずっと

やりたいことを頑張ってやって生きていくしかないのではないのか

「何がやりたいのか?」

「何が好きなのか?」

「どうなりたいのか?」

この3つを忘れないことだ

 

人は本当に好きなことはそういくつもあるわけではない

無理をしてあれもこれもやらなくてもいいのではないのか

本当に好きなことを一つだけやり続ければいいのだ

朝から晩まで毎日欠かさず

それだけで元気に生きていけるはずだ

他人がやっているから、面白そうだから、やらなければ取り残される

大金持ちは皆、ワインを収集し、クルーザーを買う

決まってそうだ

ワインとクルーザーは金持ちのステータスなのだ

ステータスに踊らされていては

本当の自分は何なのか? 本当の自分はどこに居るのか?

見失ってしまうのではないのか

それこそみじめな人生だ

 

自分をしっかり持つことだ

「自分の人生は自分で決める」

いい意味で我を強く持つこと

現代社会こそ自我を進めたい

禅でいう無我の境地は、裏を返せば非常に強力な自我のことかもしれない

 

脳力と戦う、脳力を使い切る、脳力マラソン

自分の限界に挑戦しよう

脳細胞が崩壊するまで

 

マラソンはまさに限界への挑戦そのものだ

体力、気力、忍耐力、持続力、瞬発力、精神力、等

もしかしたらそこに惹かれるのか、ライナーズハイ

登山もそうだ、死への挑戦、限界への挑戦だ

クライマーズハイ

書くことも、もしかしたら限界への挑戦なのかもしれない

『ライターズハイ』

 

限界を超えると何かが見えてくる

まさに禅の座禅と同じだ

悟りが見える、大悟する

『ザゼナーズハイ』だ

 

わたしはこのまま朝まででも書き続けられるであろう

だがわたしも明日会社がある身、もうこのへんで寝よう、夜中の一時だ

 

ゴルフも楽しい

一日中毎日でもやっていられるほど好きだ

だが金にはならない

金にならなければそれほど一生懸命にはなれない

やり続ければ僅かでも金になること

それに越したものはない

 

<書いて、書いて、お金を手にして、そしてまた書いて>

 

人はもしかしたらどこかにたどり着くために生きているのかもしれない

それはけっして死ではない

死ぬまでに辿り着かなければいけないところがあるのだ

その人にとって探していた居場所が

聖地が、聖職が、聖域が

それは人それぞれ違うのだろう

昔の人はすべてを投げ出し、命がけで巡礼の旅に出た

聖なる場所を求めて

その人たちには聖なる場所は

己の人生よりも、己の命よりも大事なところだったに違いない

そこにたどり着くことが人生だったのだ

 

人は給料では本気では働きたくはなくなる

自分が動いた分だけの金が入る

日銭が良い

今日は少なかったが明日は多かった

それに生きがいを感じるのだ

やってもやらなくともいつも同じ金の給料が銀行口座に振り込まれるだけの

人生などいったいどこに面白さがあるのか

給料支給日に銀行ATMに並ぶだけの毎日にいったい何の価値がある

今日は0でもしょうがない

しかし明日は頑張って100もらおう

これが人生だ、人生の喜びだ、生きているということだ

 

今日の格言

「朝起きて夜寝るまで、そして月曜から日曜まで、出来るだけ同じようにやることだ。それが上手くいく秘訣だ」

 

素晴らしいお墓……

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金の切れ目が縁の切れ目の老後

他人との関係が希薄になる

家族との関係も希薄になる

妻との関係も希薄になる

すべては金の切れ目が縁の切れ目ということなのだろうか

金もなく、住む処もなく、仕事もない

認知症になった連れ合いの面倒を見る

素晴らしい夫婦愛だ

だがご自分の人生はどうするのか?

 

すべての不調の原因はストレスからくる

癌も脳卒中も肺炎も

すべての犯罪の原因は金の切れ目から起こる

また愛情のもつれ嫉妬、憎悪から起こる

愛情のもつれや嫉妬心さえも金の切れ目なのか

またストレスさえも金の切れ目から始まるのかもしれない

 

もしかしたらお金は現代社会において一番上位に来る必要悪なのかもしれない

金が無ければ思い通りの生活が出来ない

そうなれば生活はすさむ、生活がすさめば心もすさむ

嫉妬心、被害妄想、被害者意識、下流意識、絶望感、不安感、悲しみや淋しさ

それらの感情が交互に現れ決して消えない

 

人間どこで踏ん張るかだ

金を踏ん張るのか

それともすべて諦めたまま、惰性の生活を続けることに覚悟を決め踏ん張るのか

それともギリギリの生活を踏ん張るのか何とか浮上のきっかけを得るため踏ん張るのか

 

いまなんとなくわかりかけてきた

明日のビジョンに向かって

コツコツと毎日を生きる

毎日の生活リズムの献立を作り

着実に実行する

 

とどのつまりに人間が出来ることと言えば

限られているのだ

限界がある

 

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老後と幸せ

時間の流れとは何だ

時は本当に流れているのか、もしかしたら止まったままなのか

時計の針は12時間たてば必ず元に戻る

 

もしかしたら動いているのは周りだけで

わたしの時間は止まったままなのかもしれない

 

何も考えず、何かを無心でやっていれば

幸せは転がり込んでくるような気がする

 

何も考えず、今日一日を無事に乗り切れば、明日もきっとうまくいく

邪心を捨てて、頭の中から煩悩も振り払って

何も考えず、事を行う

 

一番の悪は

邪心、欲望、煩悩、見栄、プライド、嫉妬、嫉み、焦り、野望、未来、期待、明日、夢…

もしかしたら、明日が来るからいけないのかもしれない

ずっと今日のままでいれたならば

今が永遠に続けば

これほど素晴らしいことはないのかもしれない

 

人は何のために動くのか

生きるために最低限のことだけに体と口を動かせばいい

必要以上に動けば、どこか歯車がくるってしまうし疲れてしまうから

出来る限りじっとしとけばいい

生きるために最低限のことだけ動けばいい

 

時の流れを最低限に抑えるのだ

速めてはいけない、自分から速めてはいけないのだ

 

ゆっくりとゆっくりと生きればいい

そうすれば歳を取るのもゆっくりと歳を取る

急げば早く歳を取ってしまう

もったいない、人生の時間を無駄にしてはいけない

 

底辺でうごめく人たちと、頂点で急ぐ人たち

どっちが幸せなのか

頂点で急いでいるうちに人生は終わってしまう

底辺でもたついているうち時間はゆっくりと流れる、止まったようにゆっくりと

いったいどっちが幸せなのか

 

音も要らない、美食も、酒も煙草も女も

もしかしたらそれらのもの何ひとつ生きて行くのには必要のないものかもしれない

 

今日の格言

「愛情とは年月だ」

 

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サラリーマン65歳からの孤独

仕事をするということ

前に進むということ

いろいろ考えてはいけないことなのかもしれない

いろいろ考えてしまっては手が止まる、動きが止まる、思考も止まる

考えてしまっては良い結果は生まれない

と言うよりも仕事が前に進まなくなってしまう

 

まず前に進める、いろいろやる、とにかくやる、人の3倍やる

考えずやる、仕事をするということ

考えずにやるということが大切なのだ

それは仕事がはかどる、よく進む秘訣なのかもしれない

 

何も考えずに、余計なことを考えずに人の3倍働く

あなたはそれが出来ますか?

 

考えすぎてもしょうがない

考えすぎると心が止まる

心への血の循環が悪くなる

血の循環が悪くなれば、病気になる

心へ酸素がいかなくなる

そうなればまた病気になる

それは人体の、人の心の宿命なのだ

 

とにかく人の体も心も

血のめぐり、酸素のめぐり、新陳代謝を

浴することだけを考えていれば

体も心も健康を保てる

そんな気がします

 

人生はいろいろあるのだ

上手くいかないことも多い

上手くいかないことの方が多い

人はそんなときに何かを心の拠りどころにして生きる

出世をよりどころに生きている人種は(サラリーマンにはやたら多い人種である)

上司、特に会社のトップの評価を拠りどころにして生きながらえる

評価が途切れでもしたらまさに死活問題なのだ

トップが変わって、キャリアを終わらせる人間も多い

昨日まで肩で風を切り社内を闊歩していた人間も

トップが変わった途端、乗っていたレールの上から脱線し失脚する

サラリーマンの悲しい性だ

30年以上耐えに耐え評価だけを拠りどころに生きてきた人間が

一日にして30年間の苦労を水の泡にしてしまうのだ

それも自分を評価し続けてくれた人間が失脚したというちっぽけな理由だけで

 

たとえ運よく失脚しなくとも、運よく常務や専務まで出世したとしても

65歳間近になると、今までご苦労さんとトップの鶴の一声で退任させられる

わずかな退職金(慰労金)をもらって

とたん翌日から暇になる、あれほど鳴り響いていた携帯電話もピタッと鳴らなくなる

誰も連絡してこなくなる、ゴルフの誘いさえピタッとなくなる

おまけにこちらから電話し招集をかけても、現役時代あれ程目をかけてやり自分の子飼いだと思って目をかけてやった部下まで、なんやかんや理由を言っては出てこない

誘われて迷惑そうな声まで出す始末

 

疎外感と孤独感で胸が詰まる

振り返って俺の人生はいったい何だったのかと落ち込み暗くなる

現役時代あれ程活力と責任感に満ちていた人生が

一日にして暇ですることのない孤独な老後へと変貌してしまうのだ

おまけに一日中家に居れば嫁にまで疎んじられ、熟年離婚を切り出される始末

子供たちは知らん顔して寄り付きもしない

 

一切合切どうなってしまったのだ

今までコツコツと真面目に努力してきた人生が、退社を境に地獄へと変わってしまう

所詮会社人間など、真面目なだけが取柄で面白くもなんともない

酒を飲んでも「お前は酒に飲まれ過ぎる、酒を飲んでも人の悪口を言ってはいけない」

と上司面して説教を始め「そういうところがお前はダメで、だから出世できない」と

おれは人間が出来ているから出世出来たのだと言わんばかりに語り始める

ユーモアの欠片もない人間が出世していくのだが

酒を飲んで酔っ払って人の多少の愚痴を言って何が悪い、酔っ払って多少羽目を外して言いたいことを言うから酒を飲んでいて面白いのではないのか

おまけに俺は引退の身だから割り勘で頼むと言い出す、人間がセコイ

そんな人間が大真面目に「人格」と言う言葉を口にする

「お前はどうなのだ」と言いたい

 

おっと、わたしは今酔っ払っているわけではないのですが、わたしも出世は出来なかった身、つい力が入ってしまいました、ご勘弁を

 

まあ、他人のことなどどうでもいい、自分自身が退職後そういう境遇や心境に落ちないように気を付けるだけだ

 

何処の会社でも、退職した、元専務と元常務それに元監査役などが連れだって、地方の温泉地へゴルフ旅行とかに行くものだ

「いや~なかなか毎日忙しいものですな~、この間は、日程が合わなくて行けずごめんなさい、なにせあの日は久しぶりに娘が孫を連れて遊びに来たものですから」

「昨日など妻がフィットネスクラブへ行くというもので、送り迎えですよ」

「こちらこそ、この間は飲みに誘ってくれたのに行けなくてすいませんね、家内が久しぶりに家出夕飯を作るって言い出すもので」

飯もろくろく作ってもらっていないのか

哀れさを通り越してむしろ同情してしまう

悲しい男たちの末路だ

 

これは素晴らしい……

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